人生はね、ジョーン、不断の進歩の過程です。死んだ自己を踏み石にして、より高いものへと進んでいくのです。痛みや苦しみが回避できないときもあるでしょう。そうした悩みは、すべての人が早晩経験するものなのですから。(中略)あなたがそれを知らずに終わるなら、それはあなたが真理の道からはずれたことを意味するのですよ。
アガサ・クリスティー『春にして君を離れ』(早川書房)138頁
子供の頃から「努力」という言葉が好きだ。
何かを犠牲にすることを選択してでも自分自身を変容させるという営みを美しいと思う。何もしていない自分よりも、頑張っている自分の方が好きだ。努力している人のことも好きだ。
2025年9月13日、はじめてINIの単独コンサートに行った。『2025 INI LIVE [XQUARE - MASTERPIECE]』は素晴らしい公演だった。セトリ、衣装や舞台演出などすべてが圧巻で、クオリティの高いエンターテイメントショーであったことは言うまでもない。しかし最も心に残ったのは、メンバー一人ひとりのパーソナリティや個性が――真剣なファンになる前の私でさえも感じ取れるほどに――表現されていたことだった。そして、私が後藤威尊さんから感じ取ったのは、「努力」だった。
後藤さんをはっきりと認識したのはのAMAZE MEだった。まったくの未経験から数か月でベースギターを練習していたことに衝撃を受け、自然と目が後藤さんに惹かれていくようになった。モノクロのVCRでは自分を解放する言葉としての「自分のペースでやる」という力強い言葉に胸を打たれた。Non-Stopでは、タンクトップ白シャツにロング革手袋というあり得ない衣装、後藤さんの鍛え上げられた身体と表現力に圧倒された。BrighterやMirrorでの、会場全体を包み込むような眼差しにメンバーやファンへの愛と誠実さ、ステージにかける情熱を感じ取った。
この人は、常に過去の自分から進歩していく人だ。苦しいこと、つらいことを乗り越えて、高みを目指せる人だ。自分に厳しく、苦難に立ち向かえる人だ。この人のことをもっと知りたい。この人のことを応援する、と決めた。
個人的な話になるが、2025年は労働との付き合い方を変えようとした1年だった。きっかけは2024年末、毎日朝から夜まで11時間以上働き、2週間毎日3食コンビニのご飯を食べていたところ、休暇に入った途端に39度の熱が出て、年末年始を高熱と激しい頭痛とともに過ごした。職場は労働基準法は遵守されているものの、長時間労働がしばしば発生する。年末年始のことがあってからというもの、「繁忙期が落ち着くと気が緩んで免疫が弱るのか高熱が出る」という謎のリズムができてしまった。今年に入ってからも2回ほど高熱を出している。
さすがにこのままではいけないと思い、資本主義や労働を批判する本を読んでみた。そこには「ほどほどに頑張る」とか「頑張らない」といったことが書いてあった。頑張らないことができない人はどうすればいいのかは書いていなかった。本当は頑張りたくないときでも、頑張らなければいけない状況におかれると頑張らないという選択ができない人はどうすればいいのかを教えてほしかった。根本的に頑張りたい性質の、労働に過剰適応してしまっている私はどうすればいいのかを。欲しかったのは、優しい言葉ではなくて、どうすれば自分の心身に対する労りと努力を両立できるのかという問いに対する答えだった。
2025年9月14日以降、INIの過去コンテンツを可能な限り視聴した。後藤さんについてより多くのことを知りたかった。丁寧で力強いダンスを長い時間観たかったし、イニフォルで時折垣間見えるストイックな瞬間を発見したかった。編み物が好きなのでトレカケースをかぎ針編みで自作することにも没頭した。ラインストーンデコで威尊の「威」の字を書いたり、100均で後藤さんに似合う手芸パーツを買い漁ったり。楽しかった。仕事が暇な時期だったからでもあるが、無理に働くことを意識的に避けられるようになった。仕事以上に優先させるべき欲望ができたからだ。自分のリソースは、後藤さんのことを知ること、後藤さんから着想を得て何かを表現することに割きたかった。フルタイムで働き始めてから、仕事以上にこんなにアドレナリンが出ること、楽しいと思えることはなかった。9月はほぼ毎日3~5時間睡眠で、毎日意識が朦朧としていたが、以前よりは遥かに幸せだった。自分の健康のために休むことは相変わらずできなかったけども、自分の欲望のために仕事を切り上げるという身体感覚を掴めた。
コンテンツを追いかけ、ものづくりに没頭している間にも後藤さんを好きになった要因である「努力」について、ずっと考えていた。結論、後藤さんの「努力」は、自分が志向していた、自分の心身を犠牲にし、血と汗の滲むような努力とはまったく異なっていた。
後藤さんも指の皮が捲れるくらいベースを練習したり、手に豆ができるほど太鼓を叩いたり、食事を制限して体づくりをしたり、仕事のために無理をする場面もある。けれども、それは彼のなりたい姿、彼がファンに見せたい姿に向けてのものだ。後藤さんが大事にしているという「今の自分の努力に未来の自分が感謝する」という言葉に衝撃を受けた。自分のために頑張るということを忘れていた。そうだ、努力とは、なりたい自分になるためにするものだった。誰かの期待に応えたり、他人と自分を比べて競い合うように無理にするものではなくて。自分自身のために頑張ることをして良かった。
フルタイムで働き始めてから、手段と目的が逆転していた、というよりも目的が抹消され、「頑張る」という手段だけが残っていたのだ、と気づいた。苦しむことに執着していた。心身のことも顧みず、ただひたすら労働に打ち込んでいた。そうでなければ心が折れてしまいそうだったから。自分自身を大事にさせてくれない環境では、自分自身を大事にしないことを正当化するための論理が必要だった。苦しむことによって、私は成長できると思い込んでいた。たしかにストイックに頑張ることは、自分を傷つける行為だ。けれども、それは変容の過程であって、苦しみそのものからは何も得られないのだ。
後藤さんは、自分を大事にすることを主軸に置いた努力をずっと続けているように思う。なりたい姿になるため、というのもそうだしやったこと、やり続けていることによって自信をつけるという意味でも。闇雲に頑張るのではなくて、合理的に考えて成果を出せる人だと思う。ボディメイクにせよ、パフォーマンスにせよ、目標に対する適切なプロセスを考え、時に軌道修正しつつ日々地道に継続することができる。やっていることに根拠があり、そしてそれをきちんとやって自信をつけているから安定している。MASTERPIECEのVCRでも言っていたけど、後藤さんは「自分のペース」という言葉をよく使っていて、他人と比較しないということでもあるし、無理をしないということでもある。そういう、持続可能で、セルフケアと両立したストイシズムという後藤さんの努力の形をリスペクトしている。
上記はすべて私の解釈で、実際後藤さんが実際どう考えているのかはわからない。それでも、インタビューや、コンテンツで話してくれることを見聞きしたことで、どうすれば健康的に頑張れるのか?という問いのヒントを得られたと思う。答えはまだ見つからない。この文章を書いている今も絶賛繁忙期で、限界を見失い、気合いと根性で乗り切ろうとする悪い癖が発露している日も正直ある。だからまた高熱を出すかもしれないし、いつか心身の調子を大きく崩してしまうこともあるかもしれない。アイドルに出会ったから、全てが解決してうまくいくわけではない。仕事はやりがいもあるから、一念発起して辞めることもない。日常は続いていく。
それでも、後藤さんを好きになってから、セルフケアが上手くなったと自信をもって言える。寝食を忘れて夢中になるくらいに魅力的な後藤さんでなければ、仕事の優先度を下げることはなかっただろうし、合理的な努力家である後藤さんでなければ、私の悩みはずっと解消されなかっただろう。そして何より、後藤さんを応援していると平均的に明るく楽しい日々を過ごせる。毎日投稿されるコンテンツ、ウィンマジ、プライベートメールで、かわいくてかっこよくて、優しくて、少し変で、ストイックなアイドル後藤威尊さんを見ると、何もない日常でも明かりが灯る。バンテリンドームから今日まで毎日、後藤威尊さんのことを好きになれて良かったと思っている。
威尊、いつもありがとう。あの日あなたが紙吹雪に書いてくれた言葉で、頑張りたくても、つらくて折れそうな自分のことも認められるようになったよ。これからもあなたを応援しながら、自分のペースでやっていくね。
みんな、自分のペースでね 頑張りたい時は俺の背中を見ろ!疲れた時は俺がそばにいるよ。TAKERU