観ました。
映像化によって、セイレーンの大きさ、怖さと、キャラクターデザイン、声のかわいらしさというギャップが強調され、強者ゆえの無自覚な加害性がより顕になっていたと思う。強大な力を持っているのに子供のように無邪気で、ちいかわ族を食べても殺しても罪悪感を感じない。ちいかわの世界において、罪悪感のような自己を否定する感情は、抑圧された弱者=ちいかわ族しか抱きえないものだ。セイレーンは強いから否定されない。傷つかない。よって自己の欲望を抑圧すること、諦めることを知らない。
セイレーンとのバトルで、ちいかわたちを危険に晒すのが常にモモンガであることは、セイレーンともちいかわたちとも異なるモモンガのポジションを明確にしている。モモンガに協調性がないのは、生来小さく弱いものとして「わきまえて」生きてきた ちいかわたちとは違って、欲望に忠実に生きていても命を脅かされていない、つまるところでかつよ=セイレーンに近い立場にいたことを示している。ちいかわ族の代表者*1であるちいかわは、そんなモモンガへの嫌悪感を隠さない。なぜ人魚を食おうとするのか。仲間を危険に晒すのか。わがままばかり言うのか。ちいかわにとって、モモンガの存在は理解不能なエイリアンだ。そして、モモンガは元の持ち主から身体を奪ったでかつよなので、その直感は正しい。
一方で、そんなモモンガも結局は永遠の命を諦めるほかない。これは、ちいかわ族がでかつよ(強者)に勝利しないことを暗示しているように思われる。でかつよの頃であれば存在しなかった挫折をモモンガは経験しなければならない。少し話は逸れるが、そのような大きな代償を払って、モモンガが手に入れたかったものが「かわいこぶること」であったのは興味深い事実である。弱肉強食の論理で貫かれたちいかわの世界で、「かわいい」ことがモモンガにとっては強いことよりも重要な意義をもつ。これはモモンガ特有の考え方のように思えて、ちいかわの世界に存在するもう一つの論理であるように思われる。かわいいことは絶大な力を持っている。実際、顔のないちいかわ族は容赦なく命を奪われるのに対して、ちいかわたちは数々のピンチを乗り越えて生き延び続けている。もちろん、それはちいかわたちがメインキャラクターだからに違いないのだが、今回メインキャラクターであるヒトハとフタバに最後まで顔がつかない(かわいくない)ことも、この論理を補強しているように思えてならない。
元でかつよのモモンガですら、象徴的な意味でも勝つことができないセイレーンに、一矢報いたのが他でもないヒトハなのだ。でかつよに対して討伐でなく自らの意思で*2抵抗するヒトハは作中でもかなり特異な存在である。
ラスト、ちいかわが二人の秘密を守ることを決意する際、ちいかわの胸中は定かでない。
ヒトハとフタバの性格は、ちいかわとハチワレによく似ている。ヒトハが臆病な性格なのに対し、フタバはちいかわ族にしては大胆な行動をとる。まだ人魚が3匹いた頃に海でセイレーンたちに声をかけるのも、図鑑で人魚を食べると永遠の命が手に入ると気づいて教えるのもフタバである。これはうさぎと共に洞窟に入ってしまう向こう見ずなハチワレ、好奇心旺盛であることから読書家であり、人魚の伝説に気づくハチワレとどこか重なる。ヒトハがそんなフタバの行動を心配する様子は、ハチワレの言動にツッコミを入れるちいかわに似ている。
ちいかわは二人が人魚を殺して永遠の命を手に入れたことは知っていても、その経緯は知らないはずだ。二人に真実を知ってしまったことを告げようとして、焚き火の周りを静かに歩く背景では、前半に脈略なくハチワレが歌い出した「今日の日はさようなら」が流れており、迷うちいかわの顔をハチワレがやさしく覗き込む。
観客がここで予感するのは、ちいかわ/ハチワレがヒトハ/フタバと同じ運命を辿る可能性があるということだ。ちいかわがもし同じような状況に置かれたら、復讐のため人魚を殺してハチワレを救い、「いつまでも絶えることなく、友達でいよう」とするだろう。だから、ちいかわは二人を責めることができなかったのである。
どうすればよかったのか。島二郎とラッコが言うように答えは出ない。セイレーンが悪意なくフタバを殺しかけ、フタバを助けるためにヒトハは人魚を殺め、その怒りから島の子達の命は奪われた。映画ではヒトハの抵抗も虚しく、セイレーンはその強大な力によって人魚の復讐を果たすことがエンドロール後に暗示される。この惨劇をどうすれば止められただろうか。ヒトハがちいかわ族らしく、泣き寝入りすればよかったのか。私はそうは思えない。
キャロライナリーパー入りカレーを食らって苦痛にのたうち回るセイレーンの叫びがかなり長い尺で響き渡るのが印象的だった。セイレーンをはじめとしたでかつよがひょいひょいとちいかわ族の命を奪う軽い表現と比較して、たかだか辛いカレーを食べさせたくらいの加害性がここまで強調されるのだ。加えて、その横でとどめを刺すことを躊躇う島の子達が表すように、ちいかわ族は本当の意味で加害者にはなれない。
この残酷な世界で、ちいかわたちの「かわいらしさ」がどれだけの力をもつのか。ちいかわはヒトハの継承者として、この世界に抵抗することができるのか。実はしばらく原作を終えていなかったのだが、映画で『ちいかわ』の物語としての強度を再認識し、ちいかわたちの行く末を見届けたくなった。
ファミリー映画として、凡百の「トラウマ映画」とは異なり視覚的な怖さが少なく*3、キャラクターのかわいらしさも存分に楽しめる映像になっていることが好ましい。子供に無理やり連れられた親世代も真剣に楽しめるだろうし、真相に気づいた子供も、ちいかわのダークな世界観にいっそう夢中になるだろう。まさに子供も大人も楽しめるファミリー映画だった。












































